行事

一枚の
映像から
201845日(木)人生別離足る

更新日:2018/04/05 10時17分

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 昨夜の風雨で、残念ながら≪サクラ≫の花が散っている。
 この後、我が校は、≪モミジ≫や≪ハナミズキ≫≪フジ≫が、順に咲いていくのだが、やはり≪サクラ≫が散ってしまうのは、淋しい。
 特に、新入生が入ってくる前に、桜吹雪の盛りさえも通り過ぎてしまうのは、本当に淋しい。

勧  酒    于 武陵
  勧君金屈巵  
  満酌不須辞  
  花発多風雨  
  人生別離足  
勧  酒    井伏 鱒二 訳
このさかずきを受けてくれ
どうぞなみなみがせておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
「サヨナラ」だけが人生じんせい


 井伏鱒二が訳した、于武陵の五言絶句だ。
 井伏が、訳したことにより、日本ではこの原詩の価値が、更に上がったと言っても過言ではないと思う。
 完全に、意訳だ。
 『花に嵐の喩え』とは昔から言い習わしてきた慣用句で、『月に叢雲花に嵐』とセットで使われることが多く - 月を詠めている時に雲がたくさん出て来て隠れてしまう、花を愛でている時に強い風が吹き散ってしまう - 良いことはそう長くは続かないものだよ、と語ってくれる。
 最後の行『人生別離足る』とは、“別離”が“足る”、すなわち“充分にある”または“たくさんの回数がある”という意味で、本来ならば、『人生、別れは、よくあることじゃないか』という意味だろう。
 それを、この有名な作家は、“別離”の堅苦しい文字を、“サヨナラ”という普段着に着せ替え、「サヨナラだけが…」と断定的に云い切る。そして、リズミカルな七五調に乗せてしまった凄さ、と狡さ…、が見え隠れしているではないか。
 私は、このキッパリとした云い切り形が、好きだ。
 古代の中国で言う“花”は、日本人が思い浮かべる≪サクラ≫ではないのだろう。原作は、そうでなかったかもしれないが、≪花=サクラ≫の散り際の潔さと、人との別れも潔くあろうとしている情景が、見事にマッチするのである。
 別れと出会いの季節、四月。
 ≪サクラ≫の散り初める今、別れていく人たちの、幸多きことを祈る。

寺岡


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