学校長挨拶

みんなでみんなを

こんにちは、校長の村崎 和幸(むらさき かずゆき)です。

平成4年から平成18年まで、教諭として15年間、平成24年から平成27年までも教頭として4年間、本校でお世話になりました。今年よりご縁ありまして第21代校長として平成28年4月1日に着任をいたしました。どうぞよろしくお願いします。

衣川中学校は昭和22年(1947年)に開校し,本年で創設70周年を迎えています。その間、地域の皆様に支えられ数多くの卒業生(23,983名)が巣立っていきました。私は、衣川中のよき伝統を受け継ぎ,衣川の流れを責任もって守っていきます。

衣川中学校の教職員、子どもたちに古くから受け継がれたスローガン「みんなでみんなを」があります。第7代校長池内三郎先生が言われた言葉が、現在もなおその心が受け継がれています。

みんなでみんなでをという意味は、すべてのひとが、弱い人を守り、助け合い、差別などなく、みんなで団結しみんなを大切にしていくことであります。

私たち教師は「学びたくなる学校」「信頼と愛情のある学校」「感動のある学校」「規律のある学校」「美しい学校」「連携する学校」を目指しています。保護者の皆様,地域の皆様とともに,教職員一同精一杯がんばりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

~衣川中学校70歳おめでとうございます。

校名、校章、校歌の由来を紹介~

校舎の東側には、明石川が美しく流れていますが、この源は押部谷(おしべだに)と太山寺(たいさんじ)との二流が出合で合流して瀬戸内海に注いでいます。

その一流である太山寺から流れている川は「伊川(いかわ)」と呼ばれています。その谷に村落が発達し、「伊川谷(いかわだに)」といわれているのは周知のことだと思います。

この「伊川」の流れは古くからきれいな水の流れであることでよく知られていたので、この水を利用していろいろの産業が発達しました。特に織物や、紙すきがさかんであったようです。

そのため「伊川」は「衣川(いかわ)」とも「菊川(きくかわ)」とも書かれたり、読まれたりしたということですからいかに清く美しい流れの川であったか想像できます。

明治のころでも北王子の近くで紙すきが行われていたといわれるほどです。その美しい流れの伊川(イカワ)の別名衣川(イカワ)の読み方が、いつのころからか定かではないが、衣をうつ砧(きぬた)の音、衣(きぬ)ずれの音などのひびきのよいキヌガワとかわったようです。

「衣川」(キヌガワ)とは、清く美しく、そしてつきることなく海に注ぐ明石川の別名であり、そのほとりに建てられた新しい学校の校名として申し分なく、この学校からは清く美しい心の生徒をつきることなく世に送り出したいという願いがこめられて命名されています。そして、その70年の歴史の中で23,983人の卒業生を世に送り、各界で活躍しておられます。

次に校章は「衣川」をたいへん上手に表現したものです。

この原案は2回生の山口さんが考えて、当時美術担当教師の神保政夫先生の指導のもとに完成されたもので外周の16弁は菊の花を表しています。

明石川は別名「衣川」(キヌガワ)と言われ、それがナマって「菊川」(キクカワ)とも言われていたということから用いられ、菊の代表的な色の黄色が彩られることになりました。

また、キヌ川とかキク川とよばれたなかに「キ(黄)」が関係していることもその理由の1つになっています。中心の「中」は、もちろん中学校を意味しており、そのたての三本線は川(明石川)を表していることはよくわかると思います。これほどわかりやすくきれいな校章も珍しいものです。

最後に校歌は、創立5周年を記念して作られました。

作詞は衣川中学校二代校長の山本武一先生の手によるもので、この明石の古い歴史を歌い上げその伝統の中から新しいものを作り上げていく人間育成と風光明媚な瀬戸内の自然の中で美しい心を培うことをよみこんでいます。

この詞に当時衣川中学校の教師であった松下先生が曲をつけられ衣川中学校に「校歌」といわれるものが誕生しました。

(衣川中学校記念誌より抜粋)

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